なんで「書く」仕事にこだわるんだろう
毎日ブログを更新しては、その後改めて見直し自分の文章がおかしいことに気が付いてがっかりする。ライターと名乗るのにはまだまだだ。こうやって恥をかきながら公開練習をして「伝わる文章」を書くために日々奮闘している。
そのためには、とにかく読むこと書くことを繰り返さなければと思っている。
ブログをはじめてもうすぐ2カ月。すでに昔書いたブログがはずかしい。そして、今日のブログですら時間が経てば封印したくなるはず。
毎回、ブログを書きながらこんなんですみません。という申し訳なさと、これが今のすべてなんです。という開き直る自分がいる。
プライベートでは自分から目立つことが苦手なのに、仕事に関してはひどく貪欲になるのだ。
昔からどんな仕事でも大好きだ。
学生時代からおもしろそうだなと思うものには、いろいろ挑戦した。東京タワー屋上遊園地での屋台だとか、銀座の画廊のお手伝いだとか、もう絶対に縁はないだろう。それ以外にもたくさん経験した。とにかくいろんな世界がみたかった。
社会人になっても、その時やってみたい仕事を試してきた。履歴書を見直すと統一性がないのだけれど。なぜか、面接ではそれをおもしろいと思ってくれる人がいて(おもしろくないと思う人もいた)救われてきた。
たぶん、仕事は「自分じゃない何者かになれる」ような気がするから好きなんだ。とくに接客業は、普段会えない人と会うことができる。それらしく演じている自分を客観的にみておかしくなる。
どんな仕事でもおもしろさはあって、(続けるかどうかは別として)魅力的だと思っている。それなのに、なんで「書く仕事」に深くこだわるんだろう。…文章は、自分の思いがにじみでてしまう。何者かになるんじゃなく、自分自身の言葉で勝負をしていかなければならないから…なのかな。奥がふかいのがおもしろい。