日々、書く仕事

2018年からライターへ。ずっと心の中で思い続けてきた「書く仕事」がしたいという気持ち。これまで遠まわりもたくさんしてきたけど、本音で生きることに決めました。

ベランダ、蝉

昼間ベランダからギャーギャー鳴く声が聞こえてきたので、何事かと様子を見にいくと、排水溝でバタついてる蝉だった。たすけてくれーと叫んでいるようだった。

 

ひっくり返っているし、濡れてしまってるし、自分の力ではどうすることもできずもがいている。近くで見守っていた仲間の蝉はわたしが近づくとパッと飛んでいった。

 

怖がりなわたしは、虫がきらいだ。けれどこんなに助けを求めている蝉を見逃すことはできない。素手で触れないので、家にあったハンガーを蝉に差し出してみた。

 

はじめは、わめき逃げるのに必死だった蝉。そのうちハンガーにしがみつけると気付いたようで、排水溝から助け出すことができた。

 

もとの態勢に戻った蝉は、じっとして飛ばない。どうやら羽を乾かしているようだった。これで、少しは蝉の寿命がのびた、いいことしたなと思い、安心して外出する。

 

夜、9時ごろなんとなくいやの予感がしたので、もう一度ベランダへ出てみると、あの蝉がひっくり返って同じ排水溝にはまっていた。今度はおとなしかった。鳴いていなかった。

 

真っ暗なベランダでぜったいに気付かないその場所に蝉はいた。ハンガーを差し出すと、今度は迷うことなくしがみついてくる。助けがきたことに安堵したのかと思うとどうしようもなく切なくなった。

 

いつからここでひっくり返っていたんだろう。耐えられない孤独な時間をひとりで過ごしていたのだ。蝉の気持ちになって泣いた。

 

さて、このハンガーにしがみついている蝉をどうしようか、同じところにいたらまた排水溝にはまるかもしれない。でも、一晩中気にかけてあげることもできない。

 

この瞬時の判断をまちがえた。

 

わたしは、6階から蝉を落としたのだ。カツンって音がしたような気がした。